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2009-06-25

イランの友へ

「ふーっ、暑苦しい!」
彼女は家に戻るなり、私の目の前で頭からチャドル(スカーフ)を取り去りソファーに投げつけた。

印象的な光景だった。少なくとも、テヘランに住む都市住民の少なからぬ人々はイスラム法の過剰な抑圧に辟易しているように見えた。5年前、私がテヘランで出会った美術関係者は、特に仕事柄のせいもあろうが、現状認識も思想も近代化された民主的な知識人といえる人たちだった。アーティストとして優れた人たちもいた。ペルシャ文化の深みと西欧近代文明に対するシニカルな視点を両方備えながら、尊敬すべき仕事を為している人たちが確かにそこにいた。
彼ら彼女らは、今どうしているだろう? 抗議デモに参加しているのだろうか?

欧米人、特にフランス人はイランに対する敵対心を意外なほどむき出しにする人がいる。丁度、日本人の多くが北朝鮮を批判するのと対照的に彼らはイランを批判する。(逆に日本人はイランを、彼らは北朝鮮をそれほど忌み嫌っていないのではないか? まあ、それぞれ情報の量や濃度が違うし、イラン人は日本人に美しき誤解に基づいた友好の念を抱いていることもあるしね。)どちらにせよ、石油利権や核問題、その他様々な歴史的パワーポリティクスの狭間で、イランという国家は国際的に際どいポジョションをとっていることは確かだ。

欧米各国のメディアがこぞって報道するほど、現在の改革派勢力が本当に多数を占めているかどうかはわからない。でも、都市住民の多くが心の中でアメリカの外圧を密かに望んでいたことは私にも感じられた。そう言えば、禁止されているビールもアンダーグラウンドで手に入ったな。(ロシア経由の密輸らしい)巷間、イメージされるほど日常生活が弾圧されている感じはしなかった。少なくとも今の北朝鮮より人々の言論は風通しが悪くないのではないか。今だって、これだけ情報が漏れ出てきているし。

今後どうなるだろうか?
私としてはイデオロギーや宗教観、政治理念などとは異なった次元の、もっと素朴な所で一人の人間として知人の様子と動向を心配しつつ、当面見守っていくほかないだろうと感じている。アートに関わる表現者同士の精神的な連帯感を礎として。(これだって冷徹な現実の前で、美しき誤解と言う人もいるだろうが。)
メールでも送ろうかと思ったが、当時、日本大使館の関係者の家族が、私に耳打ちしたことが脳裏をよぎる。「ここでは、全てのやりとりが盗聴されていますよ。」

うーん、下手にメールを送って、万一迷惑をかけたらまずいしな。

(旧サイトの「活動記録」より一部抜粋して転載)

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